有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
水

水上瀧太郎

みなかみ たきたろう
Wiki ↗

水上 瀧太郎(みなかみ たきたろう、1887年12月6日 - 1940年3月23日)は、日本の小説家、評論家、劇作家、実業家。本名阿部 章蔵。「三田文学」発表の「山の手の子」で出発。明治生命保険会社専務、大阪毎日新聞社取締役で長く実業と文学を両立した。強い道義性と文明批評性に特色がある。第2次「三田文学」復刊後は同誌の精神的主幹と呼ばれた。 東京市麻布区飯倉町三丁目(現・港区麻布台二丁目)に、明治生命の創業者阿部泰蔵の四男として生まれる。 小泉信三の同期生として共に御田小学校を経て慶應義塾普通部に入学。この頃から、泉鏡花の小説や与謝野寛・晶子の短歌に傾倒する。慶應義塾大学部理財科に進むが、文科の永井荷風や小山内薫の講義を熱心に聴く。

出典:ウィキペディア「水上瀧太郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋