有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
籾

籾山梓月

もみやま しげつ
Wiki ↗

籾山 梓月(もみやま しげつ、明治11年〈1878年〉1月10日 - 昭和33年〈1958年〉4月28日)は、明治後期から戦前にかけての日本の俳壇の重鎮。旧姓は吉村、本名は仁三郎(じんざぶろう)。俳号に庭後、江戸庵など。茶道では宗仁と称す。 俳書堂・籾山書店の経営者であり、俳句総合雑誌の草分け『俳諧雑誌』の創刊者・主宰者。他、『時事新報社』、昭和化学などの取締役を歴任。 東京府日本橋区呉服町にて、代々飛脚屋と両替屋を兼ねる吉村家の9代目・吉村甚兵衛の長男として生まれる。父の吉村甚兵衛が始めた陸運元會社は現在の日本通運の前身である。陸運元會社は東京日本橋佐内町の和泉屋邸内に股立され、江戸時代から続く旧来の飛脚業者の再編成を行い、その元締めをしていた。

出典:ウィキペディア「籾山梓月」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋

🎓 慶應義塾大学📅 1月10日生🎂 1878年生💼 明治後期から戦前にかけての日本の俳壇の重鎮