山室 勇臣(やまむろ ゆうしん、1917年(大正6年)8月31日 - 2016年(平成28年)2月27日)は、日本の銀行家、教育者。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)副頭取を務めた後、財団法人国際教育振興会理事長、ダイヤモンドリース(現・三菱HCキャピタル)社長・会長・相談役、国際大学第4代理事長。 東京府生まれ。陸軍中将・山室宗武の次男。 大東亜戦争の勃発した前年の1940年(昭和15年)7月、第七回日米学生会議では、宮澤喜一(東京帝国大学)、山崎秀之(神戸商科大学)、苫米地俊博(東京商科大学)の3名と共に日本側学生として参加。総務委員長を務めたが、特高警察が「この国家非常時に、毛唐と一緒に騒ぎ立てるとは何事か」と叱責を受ける。
出典:ウィキペディア「山室勇臣」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
