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鵜飼長三郎

うかい ちょうざぶろう
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鵜飼 長三郎(うかい ちょうざぶろう、1874年(明治7年)7月 - 没年不明)は、日本の建築家である。本願寺技師として、伊東忠太とともに旧真宗信徒生命保険株式会社本館(本願寺伝道院)および二楽荘の建設に携わり、東京府内務部営繕局長を務めた。旧姓は越本。 1874年(明治7年)7月、奈良県奈良市転害門内東入ル雑司町に生まれる。東京府市政通信社編 (1926)によれば、鵜飼家は「父祖十二代連綿として建設業を受け継ぎ、代々斯界に名声を馳せていた」家系であり、先代の鵜飼源三郎は東大寺大仏殿の大修繕や築地本願寺・西本願寺の建立にも携わった。工手学校卒業後、明治神宮神楽殿建築監督などを務める。 1898年(明治31年)から1901年(明治34年)にかけて渡米し、「ハムボルド・ドローイング・スクール」を卒業する。

出典:ウィキペディア「鵜飼長三郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋