狩野 忠正(かのう ただまさ、1938年3月2日 - 2018年5月30日)は、日本の建築家、狩野忠正建築研究所代表、竹中工務店プリンシパルアーキテクト、神戸大学、大阪芸術大学教授。 1938年に、当時日本統治下にあった朝鮮の全羅南道麗水(現・大韓民国内)で生まれる。終戦後、佐賀県の唐津港に引き揚げ、両親の実家のあった長崎県島原市に移り住む。小学5年生までを島原で過ごした後、兵庫県明石市に再度転居した。建築家を目指したのは幼少期に岡山県の閑谷学校を訪問してその建物を見たことが原点であると回想している。 1962年に神戸大学工学部建築学科(堯天義久研究室)を卒業して竹中工務店に入社し、設計部に配属された。
出典:ウィキペディア「狩野忠正」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
