村上 行示(むらかみ こうじ、1921年8月5日 - 2011年6月20日)は、日本の労働運動家。元全日本海員組合組合長。 大阪市生まれ。神戸高等商船学校(現神戸大学海洋政策科学部)航海科卒。新和海運出身、甲種船長。1956年全日本海員組合中央執行委員。1960年から1966年に教育部長を務め、機関誌『海員』の編集を担当。組合の先輩を紹介する物語を連載し、1966年に『海上労働運動夜話』(成山堂書店)として刊行した。1971年6月の海員組合第30回臨時大会で組合長に選出。1972年4月から7月の「賃上げ・人間性回復・合理化対策」のスローガンを掲げた92日間のストを指導。民社党員で同盟副会長(1972年1月~1981年1月)を務めたが、日本生産性本部との関係解消、政党支持自由化、全港湾など総評系組合との共闘、総選挙での共産党候補の推薦など海員組合の路線転換を推進した。
出典:ウィキペディア「村上行示」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
