白川 密成(しらかわ みっせい、1977年 - )は、日本の真言宗僧侶、作家。愛媛県出身。四国八十八ヶ所霊場第57番札所栄福寺(高野山真言宗)の住職。 俗名は歩(あゆむ)。由来は、母親がイラストレーターの大橋歩のファンだったため。兄は建築家の白川在。 高野山大学文学部密教学科に入学し、卒業論文「密教と現代生活−南方熊楠・土宜法龍往復書簡を中心にして−」が指導教官、奥山直司教授、採点副査、松長有慶教授(当時、元金剛峯寺座主)の評価を受け、学術雑誌『密教文化 204号』に掲載。 卒業後、書店員を経て2001年に先代住職の遷化を受けて24歳で栄福寺の住職となる。2001年から2008年までの7年間、糸井重里主宰の「ほぼ日刊イトイ新聞」にエッセイ「坊さん。
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