静 慈彰(しずか じしょう 1978年 - )は、高野山真言… 静 慈彰(しずか じしょう 1978年 - )は、高野山真言宗の僧侶。 1978年、和歌山県高野山清涼院に生まれる。洛南高等学校を卒業、次いで京都府立大学国際文化学科を卒業。2008年、高野山大学大学院密教学専攻博士後期課程満期退学。 2003年から2006年まで、高野山米国別院、シアトル仏教会に赴任。2011年、南福寺住職に就任。2021年、東福寺住職に就任。清凉院副住職、大僧都。 阪神・淡路大震災でローンで買っただろう住宅が倒壊しているのを見て、住宅はリスクと思うようになる。 自分のやりたいことを貫き通そうとした結果、勤めていた寺を解雇されたことがある。35歳で結婚したが、妻には夫とはこうあるべきと束縛されたことから逃亡しようと思うようになる。
白川 密成(しらかわ みっせい、1977年 - )は、日本の… 白川 密成(しらかわ みっせい、1977年 - )は、日本の真言宗僧侶、作家。愛媛県出身。四国八十八ヶ所霊場第57番札所栄福寺(高野山真言宗)の住職。 俗名は歩(あゆむ)。由来は、母親がイラストレーターの大橋歩のファンだったため。兄は建築家の白川在。 高野山大学文学部密教学科に入学し、卒業論文「密教と現代生活−南方熊楠・土宜法龍往復書簡を中心にして−」が指導教官、奥山直司教授、採点副査、松長有慶教授(当時、元金剛峯寺座主)の評価を受け、学術雑誌『密教文化 204号』に掲載。 卒業後、書店員を経て2001年に先代住職の遷化を受けて24歳で栄福寺の住職となる。2001年から2008年までの7年間、糸井重里主宰の「ほぼ日刊イトイ新聞」にエッセイ「坊さん。
羽田野 龍丈(はだの りゅうじょう、1976年 - )は、日… 羽田野 龍丈(はだの りゅうじょう、1976年 - )は、日本の柔道整復師。はしもと接骨院の創業者で株式会社HSGの代表者。神奈川県相模原市出身。 日本大学第三中学校、日本大学第三高等学校から高野山大学へ進学。その後日体柔整専門学校で学び、2008年にはしもと接骨院を創業。日本大学第三高等学校柔道部OB。2013年2月に特定非営利活動法人日本電気治療協会を設立。
野田 悟(のだ さとる、1970年 - )は、日本の書道家、… 野田 悟(のだ さとる、1970年 - )は、日本の書道家、書道の研究者である。雅号は覺然。 1970年、佐賀県鹿島市に生まれる。 この項目は、教育者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:教育)。
廣畑 涙嘉(ひろはた るか、1969年4月3日 - )は、日… 廣畑 涙嘉(ひろはた るか、1969年4月3日 - )は、日本基督教団の牧師である。 カトリック教会とプロテスタントの対立を終わらせるエキュメニカル運動を目指して来た。2011年4月より高野山大学大学院文学研究科修士課程密教学専攻通信教育課程に在学し、2012年5月~6月高野山金剛峯寺、高野山大学大菩提院道場にて受戒を受け、比丘尼となる。シャンソン歌手でもある。 岡山県東粟倉村(現美作市)にて生まれる。高校2年の時、最愛の祖母が亡くなった事をきっかけに人の死について考えるようになり、アメリカのミッションボードの教会の洗礼を受ける。 英知大学(現聖トマス大学)仏文科卒。1998年に同志社大学大学院神学研究科修了。
天野 こうゆう(あまの こうゆう(高雄)、1968年-)は、… 天野 こうゆう(あまの こうゆう(高雄)、1968年-)は、岡山県倉敷市の日本の高野山真言宗の僧。高蔵寺住職、本山布教師、画家、造形作家、ラジオパーソナリティ。 岡山県倉敷市に写真家(現:雑貨屋業)の天野正雄の長男に生まれる。油絵と書道を習い、トランペットとソフトボールにも親しむ。お笑い芸人を目指して上京するも、弟子入りを断られる。 消沈した孫を見かねた祖父で同寺15代住職の天野宥圓の勧めで高野山高校に進学、高野山大学に進み、密教学科を卒業。直後に亡くなった祖父の跡を継いで、同寺16代住職となる。 得意の絵を活かした布教のほか、地元FM局のエフエムくらしきでもレギュラー番組「拝、ボーズ!!」を持つなど、さまざまな布教を行っている。
三津田 信三(みつだ しんぞう、1962年〈昭和37年〉- … 三津田 信三(みつだ しんぞう、1962年〈昭和37年〉- )は、日本の小説家・元編集者。 2010年、『水魑の如き沈むもの』で第10回本格ミステリ大賞(小説部門)を受賞する。 奈良県生まれ。1962年生まれ。Googleのナレッジパネルに1978年8月25日生まれとあるが、著者自身が『わざと忌み家を建てて棲む』(中央公論新社)の本文中で否定している。高野山大学文学部人文学科国文学専攻卒業。編集者として出版社での勤務経験がある。編集者としての主な企画には、「ワールド・ミステリー・ツアー13」シリーズ、「日本怪奇幻想紀行」シリーズ、ホラージャパネスク叢書などがある。2001年、『ホラー作家の棲む家』で小説家デビューを果たす。
平岡 宏一(ひらおか こういち 、1961年 - )は、大阪… 平岡 宏一(ひらおか こういち 、1961年 - )は、大阪府出身の教育者(清風中高校長、学校法人清風学園専務理事)、チベット密教研究者、チベット語通訳者。 1961年、平岡英信(学校法人清風学園理事長)の長男に生まれる。清風高等学校、早稲田大学第一文学部卒業。 学校法人清風学園専務理事、清風中学校・高等学校の校長、大阪商業大学講師、種智院大学、高野山大学非常勤講師。 1985年、種智院大学の訪問団の一員として、インド南部カルナータカ州バンガロール郊外フンスールにあるギュメ密教大学を訪問。ギュメの窮状を父に報告したところ、父の英信は施主(檀越、僧伽を支えるパトロン)としてギュメの支援に乗り出す。
山田 真美(やまだ まみ、1960年2月27日 - )は日本… 山田 真美(やまだ まみ、1960年2月27日 - )は日本の作家。本名同じ。血液型はA型。夫は日本画家の山田真巳。愛犬はシーズーのブースケとクースケ、狆のパンダ。 長野県長野市出身。長野県長野西高等学校、明治学院大学経済学部経済学科卒業後、オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ大学およびインドのデリー大学大学院に留学。2009年、高野山大学大学院修士課程修了(修士・密教学)。2014年、お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了。博士(人文科学)。博士研究のテーマはカウラ事件。公益財団法人日印協会理事、明治学院大学特命教授、インド工科大学ハイデラバード校教養学部客員助教授。 1982年、オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ大学に留学。
井上 ウィマラ(いのうえ ウィマラ、1959年 - )は、日… 井上 ウィマラ(いのうえ ウィマラ、1959年 - )は、日本の瞑想指導者、元高野山大学、健康科学大学教授。名前の由来は維摩詰。 子育て中の母親や亀田総合病院など全国の医療機関にて瞑想を教えている。
後藤 太栄(ごとう たいえい、1957年2月14日 - 20… 後藤 太栄(ごとう たいえい、1957年2月14日 - 2010年10月25日)は、日本の政治家、高野山真言宗の僧侶。元高野町長。高野山真言宗別格本山西禅院住職。 後藤は「宗教環境都市」の推進を掲げ、真言宗の総本山でもある高野山を第一とし、町の産業である農業・林業の発展を課題にして夢の持てる町政を目指していた。 アマチュア無線家としても知られ(コールサインはJH3GAH)、2000年から2001年には日本アマチュア無線連盟(JARL)の評議員を、2002年から2009年までは同監事を務めた。
バカボン鈴木(ばかぼんすずき、Vagabond Suzuki… バカボン鈴木(ばかぼんすずき、Vagabond Suzuki、1956年9月28日 - )は、日本のベーシスト。本名は鈴木 正之(すずき まさゆき)。鈴木"バカボン"正之の名義でも活動する。 1956年(昭和31年)、東京都生まれ。 中学校卒業後、僧侶を志し和歌山県の高野山高校に進学。真言宗の寺院である恵光院の弟子として住み込みながら高校に通う。 高校卒業後、高野山大学に進学し、同級生の影響で音楽と出会う。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
小金丸 泰仙(こがねまる たいせん、1955年10月9日 -… 小金丸 泰仙(こがねまる たいせん、1955年10月9日 - )は、日本の高野山真言宗の僧侶、書家。専門は慈雲尊者の思想。不傳塾主宰。 福岡県福岡市東区生まれ。福岡県立福岡高等学校卒業。1975年に高野山で出家し、1978年、高野山大学文学部密教学科卒業。1981年高野山大学仏教研究科仏教学専攻修士課程修了。田中順照に師事し、空観・唯識・華厳・禅を学ぶ。 1985年より、不傳塾で慈雲尊者の法語の講義と書の指導を行う。 『慈雲尊者の言葉』(慈庵、1989年) 『十善法語 改訂版』(大法輪閣、2018年)
中村 本然(なかむら ほんねん、1955年 - )は、真言宗… 中村 本然(なかむら ほんねん、1955年 - )は、真言宗(真言密教)僧侶、仏教学者、密教学者。国際科学振興財団特任研究員。専攻は、弘法大師の思想並びに真言教学史、真言密教の安心論。 神戸市生まれ。1978年3月、高野山大学文学部密教学科卒業。1981年3月、高野山大学大学院 文学研究科修士課程密教学専攻修了。1984年3月、博士後期課程密教学専攻進学、その後同課程単位取得退学。1994年4月、高野山大学助教授。1995年、日本密教学会賞受賞。2002年4月より高野山大学教授。2011年4月より高野山大学密教文化研究所所長も兼任。このほか、高野山専修学院講師、高野山尼僧学院(高野山専修学院尼僧部)講師を務めた。
柴谷 宗叔(しばたに そうしゅく、1954年〈昭和29年〉 … 柴谷 宗叔(しばたに そうしゅく、1954年〈昭和29年〉 - )は、四国遍路を専門とする日本の宗教研究者、僧侶、トランスジェンダー。高野山大学博士(密教学)。大阪府守口市の性善寺(大徳山浄峰寺)住職。高野山真言宗権少僧正。四国八十八ヶ所霊場会公認元老大先達、西国三十三所札所会公認特任大先達。元新聞記者(読売新聞社勤務)で、学位取得後は高野山大学密教文化研究所で受託研究員、委託研究員を務め、巡礼遍路学会では事務局長を務めた。性的少数者、LGBTに対する支援活動にも取り組んでいる。 1954年、3人兄弟の長男として大阪府に生まれる。小学生のころから男性であることに違和感を持ち、「男は男らしく」と言う父とは確執があった。
宮坂 宥洪(みやさか ゆうこう、1950年11月11日 - … 宮坂 宥洪(みやさか ゆうこう、1950年11月11日 - )は、真言宗の僧、仏教学者。 長野県岡谷市生まれ。父は宮坂宥勝。1973年高野山大学仏教学科卒。名古屋大学大学院在学中に文部省国際交流制度の試験に合格してインド・プネー大学に留学し、30才で哲学博士の学位取得。岡谷市の真言宗智山派照光寺住職。真言宗智山派の最高研究教育機関である智山伝法院の院長。
櫻井 圀郎(さくらい くにお、1947年(昭和22年)8月4… 櫻井 圀郎(さくらい くにお、1947年(昭和22年)8月4日 - )は、日本の神学者、神学校教師、神学博士、法学博士。東京基督教大学教授。 三重県生まれ。名古屋大学法学部卒業後、名古屋大学大学院博士課程(民法専攻)満期退学。 その後東京基督神学校を卒業、フラー神学校・神学大学院・神学高等研究院(組織神学専攻)を修了。 高野山大学大学院密教学専攻修士課程を修了。 公開討論会日本宣教と天皇(制)に参加し、笹井大庸に反論した。 この項目は、キリスト教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:キリスト教/PJ:キリスト教)。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
添田 隆昭(そえだ りゅうしょう 1947年 - )は、日本… 添田 隆昭(そえだ りゅうしょう 1947年 - )は、日本の高野山真言宗の僧(同派元宗務総長)、高野山大学教授・学長・理事長。母は日本宿坊ビジネスの元祖添田清美。 和歌山大学学芸学部附属中学校卒業、大阪府立北野高等学校卒業、京都大学文学部卒業、高野山大学大学院博士課程単位取得退学。 1961年蓮華定院で剃髪、度牒。1987年蓮華定院住職に就任。2007年権大僧正に補任。 2013年6月25日に金剛峯寺で宗務総長であった庄野光昭の後任を決める選挙会が行われ、添田隆昭が選ばれた。任期は7月5日から4年間。2017年には宗務総長に再任され、2021年まで務める。 高野山大学教授。高野山高等学校校長、学校法人高野山学園理事長を歴任。
庄野 光昭(しょうの こうしょう 1942年 - )は、高野… 庄野 光昭(しょうの こうしょう 1942年 - )は、高野山真言宗の僧、学校法人理事長。 徳島県小松島市出身。 高野山大学文学部卒業。カリフォルニア大学ロサンゼルス校大学院専科修了。 1986年に立江寺の貫主に就任。 1992年に社会福祉法人勝寿会を創設して理事長に就任。 2004年に四国八十八箇所霊場会会長に就任。 2006年に高野山真言宗宗務総長に就任、2010年に再任。 学校法人高野山学園理事長を歴任。 宗務総長の任期中の2013年2月26日に始まった春の宗会で、資産運用の提出資料に粉飾があったことと、弁護士事務所を利用して自己の正当化を図ったことから宗務総長であった庄野光昭の不信任案が可決される。
真鍋 俊照(まなべ しゅんしょう、1939年(昭和14年)1… 真鍋 俊照(まなべ しゅんしょう、1939年(昭和14年)11月15日 - )は、日本の仏教美術学者、四国大学教授、仏画家、真言宗権大僧正。 東京生まれ。1962年高野山大学文学部仏教学科卒、64年東北大学大学院美術史修士課程修了、同大文学部助手、10月奈良国立文化財研究所技官、70年神奈川県立金沢文庫学芸員、97年金沢文庫長、2000年宝仙学園短期大学長、02年「密教図像と儀軌の研究」で東洋大学博士(文学)。04年四国大学文学部教授、08年文学部長。画家としての号は香川写人。98年四国霊場第四番大日寺住職、2011年権大僧正補任。
櫻井 武次郎(桜井 武次郎、さくらい たけじろう、1939年… 櫻井 武次郎(桜井 武次郎、さくらい たけじろう、1939年4月3日 - 2007年1月22日)は、日本の国文学者。神戸親和女子大学名誉教授。近世文学、特に俳諧が専門。 大阪府豊能郡(現豊中市)出身。高野山大学文学部卒業。園田学園女子大学助教授、親和女子大学助教授、神戸親和女子大学教授、名誉教授。 2002年「奥の細道の研究」で、早稲田大学より博士(文学)の学位を取得。 2007年1月22日、筋萎縮性側索硬化症のため死去。67歳没。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
斑目 力曠(まだらめ りきひろ、1937年1月30日 - )… 斑目 力曠(まだらめ りきひろ、1937年1月30日 - )は、日本の実業家。ネミック・ラムダ(現デンセイ・ラムダ)創業者。真言宗大覚寺派僧侶。 京都府京都市出身。龍谷大学文学部仏教学科卒業後、高野山大学大学院密教学専攻に進んだ。 伊藤忠自動車、エンサイクロペディア・ブリタニカ日本支社、セキ製作所を経て、1970年、日本電子メモリ工業設立、1978年、同社の営業を引き継いでネミック・ラムダ(現デンセイ・ラムダ)設立、代表取締役社長に就任。 ネミックラムダは1991年店頭登録、1995年東証二部上場、1996年東証一部上場。1998年、英国系親会社と対立し代表取締役会長兼社長の座を追われた。 密教の僧侶でもあるため、その思想を経営哲学に取り入れた。
池口 恵観(いけぐち えかん、1936年〈昭和11年〉11月… 池口 恵観(いけぐち えかん、1936年〈昭和11年〉11月15日 - )は、日本の僧侶。単立烏帽子山最福寺法主。高野山真言宗・鹿児島高野山・最福寺 住職。高野山真言宗大僧正・伝灯大阿闍梨。俗名・鮫島 正純(さめじま まさずみ)。 安倍晋三(元内閣総理大臣)や小泉純一郎(元内閣総理大臣)などの政界の大物政治家と親交があることから「永田町の怪僧」の渾名がある。 1936年(昭和11年)、鹿児島県肝属郡東串良町で醤油屋の息子として生まれた。町立柏原小学校、町立東串良中学校、鹿児島県立志布志高等学校を経て、1959年(昭和34年)高野山大学文学部密教学科卒業後、俳優を目指して上京し、広告代理店勤務をしていた。
大矢 實圓(おおや じつえん、1935年 - )は、日本の真… 大矢 實圓(おおや じつえん、1935年 - )は、日本の真言律宗の僧。真言律宗大本山宝山寺住職。真言律宗第8世管長、真言律宗総本山西大寺第71世長老を務めた。僧階は大僧正。 1935年、京都府に生まれる。1946年に長福寺へ入寺し、1959年に高野山大学密教学科を卒業した。 1983年、真言律宗総本山西大寺の執事となる。1999年、真言律宗大本山宝山寺の貫主および長福寺住職に就任した。同年9月には、宝山寺住職で社会福祉法人宝山寺福祉事業団理事長であった松本實道の逝去に伴い、大矢が宝山寺住職および同事業団総裁に、辻村泰範が同事業団理事長に就任した。 2008年4月、真言律宗第8世管長および西大寺第71世長老に就任した。
土生川 正道(はぶかわ しょうどう、1932年(昭和7年)3… 土生川 正道(はぶかわ しょうどう、1932年(昭和7年)3月20日 - 2026年(令和8年)4月19日)は、高野山真言宗の僧。 高野山大学西洋哲学科卒業。高野山無量光院住職。高野山第508世寺務検校執行法印。 1993年に出版された『中院流初心行者行様指南』を監修。 2000年に高野山真言宗の宗務総長に就任。2003年6月23日までに行われた高野山真言宗の臨時宗会で、土生川正道が宗務総長に再任する。2003年7月5日から3年間就任。 2007年3月12日に金剛峯寺で土生川正道の第508世寺務検校執行法印の転衣式が行われる。 2018年8月30日に放送のNHKの戦争のテレビ番組に出る。戦時中の1944年に高野山は軍隊に徴用され、海軍航空隊の予科練が置かれていた。
大栗道栄(道榮、おおぐり どうえい、1932年3月12日-2… 大栗道栄(道榮、おおぐり どうえい、1932年3月12日-2021年6月21日)は、真言宗の僧、文筆家。 徳島県四国八十八カ所第十三番霊場に生まれる。中央大学を経て、高野山専修学院を卒業。 1977年東京代々木に大日寺を建立。伝燈大阿闍梨と高野山真言宗大僧正。 日本文芸大賞特別賞受賞。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
高木 訷元(たかぎ しんげん、1930年4月28日- )は、… 高木 訷元(たかぎ しんげん、1930年4月28日- )は、日本の真言宗僧侶(大僧正)、仏教学者、高野山大学名誉教授。高野山真言宗主教・島根支所学頭。円応寺(島根県大田市)住職。 島根県出身。1956年高野山大学仏教学科卒。1965年東北大学大学院印度哲学修了。文学博士。1967年高野山大学助教授、73年教授、82年文学部長、87年学長。2000年定年退任、名誉教授。 2009年4月瑞宝中綬章受章。
山崎 泰廣(やまさき たいこう、1929年8月23日 - 2… 山崎 泰廣(やまさき たいこう、1929年8月23日 - 2025年3月11日)は、真言宗僧侶・密教学者・種智院大学名誉教授。常光院住職。 神戸市生まれ。1954年高野山大学大学院密教学科修了。1955年宮島の弥山にて虚空蔵求聞持法成満。1966年種智院大学助教授、72年教授。高野山大学教授を兼ねる。1974年伝燈大阿闍梨位。1990年密教学芸賞受賞。1999年高野山真言宗大僧正。2000年種智院大学・高野山大学定年退職。種智院大学名誉教授。1968年より、密教の源流と瞑想に関する研究・修行・講義のためインド・ネパール・タイ・カンボジア・スリランカ・中国・アメリカ・イタリアなどを踏査。 2025年3月11日に死去。
松長 有慶(まつなが ゆうけい、1929年〈昭和4年〉7月2… 松長 有慶(まつなが ゆうけい、1929年〈昭和4年〉7月21日 - 2023年〈令和5年〉4月16日)は、高野山真言宗の僧侶。仏教学者。補陀落院住職。金剛峯寺第412世座主。同宗管長(2006-2014年)。 全日本仏教会会長(2008-2010年)。高野山大学名誉教授。元同大学長。21世紀高野山医療フォーラム名誉会長。和歌山県高野町出身。 1929年(昭和4年)、和歌山県高野町の高野山南院住職で高野山大学教授・松長有見の長男として誕生。1941年(昭和16年)、高野山南院道場において藤村密憧を戒師として得度。1951年(昭和26年)、高野山大学密教学科を卒業。1959年(昭和34年)、東北大学大学院文学研究科博士課程を修了。
上田 霊城(うえだ れいじょう、1928年〈昭和3年〉2月2… 上田 霊城(うえだ れいじょう、1928年〈昭和3年〉2月2日 - 2020年〈令和2年〉10月8日)は、日本の真言宗僧侶。真言宗御室派の大僧正。1992年(平成4年)度第30回密教学芸賞受賞。 初期 - 中期 - 後期 - インド - チベット - 中国 - 日本 東寺真言宗※ - 高野山真言宗※ - 真言宗善通寺派※ - 真言宗醍醐派※ - 真言宗御室派※ - 真言宗大覚寺派※ - 真言宗泉涌寺派※ - 真言宗山階派※ - 信貴山真言宗※ - 真言宗中山寺派※ - 真言三宝宗※ - 真言宗須磨寺派※ - 真言宗東寺派 新義真言宗※ - 真言宗智山派※ - 真言宗豊山派※ - 真言宗室生寺派 如来 - 菩薩 - 明王 - 天 即身成仏 三密 入我我入 曼荼羅 護摩 東密(古義 - 広沢流 小野流)・新義 『大日経』・『金剛頂経』・『蘇悉地経』・『理趣経』 この項目は、仏教に関連した書きかけの項目です。
後藤 善猛(ごとう ぜんみょう、1926年8月18日 - 2… 後藤 善猛(ごとう ぜんみょう、1926年8月18日 - 2008年10月18日)は、日本の真言宗の僧侶。徳島県阿南市にある真言宗大覚寺派・梅谷寺住職。 徳島県出身。京都大学大学院文学研究科(哲学)修了。鳴門工業高等学校、徳島県立脇町高等学校、徳島県立城南高等学校校長を歴任。その後高野山に登り、大覚寺教学研究室審議委員、洛南高等学校・附属中学校校長。1997年に密教教化賞を受賞。
麻生 文雄(あそう ぶんのう、1925年(大正14年)3月2… 麻生 文雄(あそう ぶんのう、1925年(大正14年)3月28日 - 2012年(平成24年)11月26日)は、広島県因島市生まれ[疑問点 – ノート]の真言宗の僧侶。尾道市の大本山西国寺住職、醍醐寺座主、真言宗醍醐派管長、大本山三宝院門跡。 この項目は、宗教家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 宗教/ウィキプロジェクト 宗教)。
資延 敏雄(すけのぶ びんゆう、1922年(大正11年)5月… 資延 敏雄(すけのぶ びんゆう、1922年(大正11年)5月3日 - 2014年(平成22年)3月12日)は、高野山真言宗の僧。管長。金剛峯寺411世座主。高野山大学卒業。北海道深川市出身。 1922年(大正11年)、北海道深川市の真言寺に生まれる。1935年(昭和10年)、同寺にて乃村龍澄師(第55世大覚寺門跡)に従い剃髪得度。1949年(昭和24年)に高野山大学卒業。 北海道旭川市の金峰寺住職を経て、2002年(平成14年)から2006年(平成18年)まで金剛峯寺第411世座主と高野山真言宗の管長を務めた。 2014年(平成22年)3月12日、心不全のため死去。享年91。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
織田 隆弘(おだ りゅうこう、1913年2月7日 - 199… 織田 隆弘(おだ りゅうこう、1913年2月7日 - 1993年12月31日)は、青森県弘前市出身の宗教家。「密門会」の開祖。高野山真言宗の僧侶。 1975年に「即身成仏を目的とした正純密教を実践する」という真言宗易行派密門会(略称:密門会)を創立。1984年には青森市にキリスト教等を含む、宗派を超えた昭和大仏(日本最大の青銅製大日如来像)を建立。平成五年に遷化。 織田は「(自身を)高野山真言宗の大僧正で、説く真言密教は、弘法大師空海の教えを正しく引き継ぐ、正統で、他の密教まがいの新宗教と区別し“正純密教”」と主張している。 また、「正純密教は、宇宙の真理を人格化した大日如来を本尊とする、自然科学をも包含するスケールの大きい教義であったため、その難解さから長らく塵に埋もれていたが、科学技術の進歩・発展により物理理論が身近になった現代において、ようやく人々にとって理解され易い仏教となったといえる。
川原 勝麿(かわはら かつまろ、1908年(明治41年)6月… 川原 勝麿(かわはら かつまろ、1908年(明治41年)6月24日 - 没年不明)は、昭和時代の政治家。福岡県直方市長。 1933年(昭和8年)高野山大学卒業。 1940年(昭和15年)直方市役所、1941年(昭和16年)より福岡県庁に勤務。戦中軍務を経て戦後は直方市役所勤務に戻る。 1971年(昭和46年)の直方市長選挙にて市長に当選。
高橋 成通(たかはし せいつう、米国名: Seytsu Ta… 高橋 成通(たかはし せいつう、米国名: Seytsu Takahashi、1905年(明治38年)12月1日 - 1984年(昭和59年)4月1日)は、日本の高野山真言宗の僧侶。ロサンゼルス高野山別院・第4代主監であり、仏教伝道師でもある。広島県庄原市出身。 1905年(明治38年)、広島県比婆郡東城町(現:庄原市)で出生する。地元に近い旧制岡山県立高梁中学(現:岡山県立高梁高等学校)へ進学し、同期には、後に京都社寺信用組合(現・京都信用金庫)理事長、京都市観光局長を務める小橋確治がいた。1925年(大正14年)3月に同校を卒業。その後、僧侶として修行する傍ら、高野山大学一般仏教学科へ進学し、1931年(昭和6年)同校を卒業する。
谷 信讃(たに しんさん、1878年(明治11年)1月11日… 谷 信讃(たに しんさん、1878年(明治11年)1月11日 - 1962年(昭和37年)3月5日)は、高野寺第4世住職。高野山真言宗宿老・宗機顧問。板垣会館設立発起人。 明治11年(1878年)1月11日、徳島県板野郡鳴門村(現・鳴門市)に生まれる。明治28年(1895年)、高野中学校に入学。明治31年(1898年)、同校卒業後、高野山大学へ進学。さらに京都東寺専修学校に学ぶ。同校卒業後、郷里に戻り、徳島県麻植郡・重楽寺の住職となる。のち、同県板野郡瀬戸町・吉祥寺の住職に転任。さらに同県里浦村師跡・宝珠寺の住職に転じ、鳴門村・潮明寺と兼務した。大正11年(1922年)、高知県高知市・高野寺の第4世住職に就任。
佐伯 恵眼(さえき えげん)、1873年(明治6年)1月20… 佐伯 恵眼(さえき えげん)、1873年(明治6年)1月20日 - 1951年(昭和26年)1月25日)は、日本の宗教家、真言宗の僧侶。真言宗総本山醍醐寺第九十六世座主、真言宗醍醐派管長、三宝院門跡、京都専門学校校長(現・種智院大学学長)。 (西院流(にしのいんりゅう) * 保寿院流・仁和御流・西院流を仁和三流と称す 《前座主大僧正惠眼大和尚嘆德文》 [昭和二十六年二月十四日、眞言宗醍醐派管長佐伯恵眼大僧正の本葬儀に讀まれたもの。(漢文) ] 夫れ以るに、佛教は實相の門なり、固より寂滅の樂あり。人間は爲の境なり、豈に常住の想を作さむや。 伏して惟れば、故の醍醐派管長・醍醐寺座主・三寶院門跡・大僧正惠眼大和尚は、早く二親の撫育を辭して、西國の密室に入る。
椋本 龍海(むくもと りゅうかい、1869年9月10日(明治… 椋本 龍海(むくもと りゅうかい、1869年9月10日(明治2年8月5日) - 1950年(昭和25年)1月16日)は、真言宗泉涌寺の第148世長老(真言宗泉涌寺派管長)。徳島県阿南市椿泊町(旧徳島県那賀郡椿村)出身。 樫野吉六(天保3年6月6日 - 1909年(明治42年)8月27日)とミナ夫妻の間に誕生(龍海は二男三女の次男)。父は徳島藩中老で阿波水軍を率いた森甚五兵衛の家臣(家禄の石高は五石七斗)であった。 1879年(明治12年)徳島県那賀郡椿村(現在の阿南市椿泊町)の福蔵寺で得度する。高野山大学で学び、藤村密翁和尚に師事。ついで東京に出て哲学館(現在の東洋大学)に入った。この間、縁あって泉涌寺事務長釈玄猷師の弟子となる。
村松 恒一郎(むらまつ こういちろう、元治元年4月24日(1… 村松 恒一郎(むらまつ こういちろう、元治元年4月24日(1864年5月29日) - 昭和15年(1940年)6月5日)は、日本の衆議院議員(憲政本党→立憲国民党→純正国民党→立憲民政党)、ジャーナリスト。 伊予国宇和島出身。宇和島藩士村松喜久造の長男。1884年(明治17年)に同人社を卒業後、高野山大学林で英学講師を務めた。その後、関西日報、国会新聞、中央新聞、東京朝日新聞、大阪朝日新聞などで記者を務めた。やがて雑誌「大国民」を創刊し、また日刊大東通信社の社長を務めた。 1908年(明治41年)、第10回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。当選回数は5回(第10回、第11回、第13回、第16回、第17回にて当選)を数えた。
家田 荘子(いえだ しょうこ、7月22日-)は、日本のノンフ… 家田 荘子(いえだ しょうこ、7月22日-)は、日本のノンフィクション作家、高野山高等学校非常勤講師、高野山真言宗大僧都。所属事務所はエクセリング。かつては生年も公表していたが、現在は「年齢差別と闘っている」という理由で非公開になっている。 愛知県知多郡武豊町出身。愛知県立半田高等学校卒業。日本大学藝術学部放送学科卒業。日本大学藝術学部では脚本家の君塚良一、日本テレビの五味一男らとともに映画製作集団で『虚飾の神話』『暗闇の剥製』などの前衛映画を作っていた。高野山大学大学院文学研究科密教学専攻修士課程修了。 1999年11月16日、高野山真言宗鹿児島支所下最福寺にて得度。二人の黒人との結婚歴があり、2003年7月30日、「4度目の結婚」「1歳年上の実業家(45)と入籍」と報道されている。
峰 恵研 は、日本の俳優、声優。テアトル・エコー所属。長崎県… 峰 恵研 は、日本の俳優、声優。テアトル・エコー所属。長崎県出身。
1971年3月20日生まれ。真言宗の僧侶。真言宗中山寺派大本… 1971年3月20日生まれ。真言宗の僧侶。真言宗中山寺派大本山中山寺所属/保護司/一般社団法人メッターの理事長として、機能不全家庭の問題に取り組み、保育所を運営。数多くの虐待を受けて育った青少年の相談に乗ってきた。著書に『ボクらの仏教(PHP研究所)がある。
加藤 禮詮(かとう れいせん)は、日本の僧、霊術家、居合道家… 加藤 禮詮(かとう れいせん)は、日本の僧、霊術家、居合道家。法名は光明大聖(27代目)。 加藤清正の傍流にあたる家柄に生まれる。母親は財産目当てで父親と結婚したため、母親には愛されず、母親に暴力を振るわれる幼少期を過ごす。5歳の時に父方の祖父母に引き取られ、修験者であった祖母の兄との出会いから仏門に入る。 大学に入学し得度する。そこで仏とは男性的でもあり女性的でもあるが、男性でも女性でもないと教わる。特定の寺院には所属せずフリーランスの僧侶として活動した時期がある。 2019年7月より大阪で死と死体を疑似体験できるというサービスが始められる。そこでは葬儀を行うというプランもあり、依頼内容によっては、かとうれいによる読経も行われている。