栗島 狭衣(くりしま さごろも、1876年4月5日 - 1945年11月6日)は、日本の俳優、新聞記者、劇作家、脚本家である。本名は栗島 山之助(くりしま さんのすけ)、出生名は川村 山之助(かわむら さんのすけ)である。 1876年(明治9年)4月5日、東京府東京市日本橋区蛎殻町(後の東京都中央区日本橋蛎殻町)に力士の綾瀬川山左衛門(本名 川村藤次郎)の長男「川村山之助」として生まれる。当時の綾瀬川は割烹旅館を営んでいたが、出身地の大阪に帰り、長男の誕生から1年に満たない1877年(明治10年)3月8日に死去した。 1898年(明治31年)、旧制・國學院(後の國學院大學)国文科を卒業、東京朝日新聞社に入社する。
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