宮川 宗徳(みやがわ むねのり、1886年12月12日 - 1963年1月18日)は、神社本庁事務総長(初代:1946年2月 - 1948年4月)。内務省、文部省、東京市の官吏。「みやがわ そうとく」とも。 熊本の社家の出身。阿蘇で生まれ、長男として厳しく育てられた。「お母さんはどうして、僕だけにこんなに辛く當るのだらう」と思ったこともあるという。中学を出、仕送りを受けながら東京で遊学。宮川は折口信夫、秋岡保治と國學院で同級生だった。 明治43年(1910年)に國學院大學国史科を卒業、明治44年に日本大学政経科を修了。明治44年以後内務省、文部省勤務を経て、大正9年に東京市に転じ、同市で教育主事兼視学、監査課長、文書課長、牛込区長(1924年-1925年)、小石川区長(1926年-1927年)、下谷区長(1929年-1933年)、保健局長を歴任。
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