足羽 章兮(あしわ しょうけい、1863年1月27日〈文久2年12月8日〉 - 1934年〈昭和9年〉9月4日)は、日本の医師、政治家。鳥取県医師会長。鳥取県会議長。日野郡是製糸取締役。足羽家8代目。族籍は鳥取県士族。 伯耆国日野郡二部村(のち鳥取県日野郡溝口町二部、現・伯耆町)出身。足羽家は代々医を業とする。足羽純亭の五男。教を郷校に受け、小学の課程を卒え、毛利八弥に就き漢籍を修める。 1884年、松江医学校を卒業。東京に出て済生学舎に入り、医術を修める。帰郷し、二部宿で父祖の医業を継ぐ。1890年に日野郡医師会創設。日野郡医師会長となる。 1904年から1917年村会議員。1908年から1910年鳥取県医師会長。
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