杉浦 翠子(すぎうら すいこ、1885年(明治18年)5月17日 - 1960年(昭和35年)2月16日)は、明治から昭和にかけての歌人。旧姓は岩崎 翠。 夫は日本のグラフィックデザインの礎を築き多摩帝国美術学校(現在の多摩美術大学)の初代学長となった杉浦非水。洋画家の岩崎勝平は甥。 埼玉県川越(現川越市)に、父・岩崎紀一、母・サダの六人兄弟の三女として生まれた。旧姓は岩崎翠(いわさき みどり)。次兄の福澤桃介は福澤諭吉の娘婿となった大実業家。 翠子が2歳のときに父・紀一と、3歳で母・サダとそれぞれ死別し、祖母・ミキに育てられる。祖母が死去すると次姉・てるの嫁ぎ先である東京・赤坂の出渕豊保に身を寄せ、国語伝習所、女子美術学校(現女子美術大学)を卒業する。
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