平野 ミドリ(ひらの ミドリ、1898年 - 1983年)は、日本の看護師、公衆衛生看護学者。ボストンで公衆衛生看護学を学び、ミス・ヌノと共に聖路加国際病院公衆衛生部門を創設した。「日本の保健婦の母」と呼ばれる。「平野 みどり」とも。 父が英語学者の斎藤秀三郎と母・とらの三女として生まれる。平野真三の妻。兄はチェリストで指揮者の斎藤秀雄。父の影響で幼少期より、語学や音楽などに触れていた。 双葉女学校専攻科、聖心女子学院語学科卒業。ボストンへと留学をし、公衆衛生看護学を学び経験を積んだ。 1927年、聖路加国際病院社会事業部へ入職をした。 1931年には、ロックフェラー財団フェローとしてコロンビア大学看護科へと再び留学。
出典:ウィキペディア「平野ミドリ」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
