高 永完(コ・ヨンワン、朝鮮語: 고영완、1914年 - 1991年8月6日)は、日本統治時代の朝鮮の独立運動家、大韓民国の政治家。初代長興郡郡守(アメリカ軍政下)、第2・5代韓国国会議員を歴任した。号は霧渓(ムゲ、무계)。仏教徒。 本貫は長興高氏(朝鮮語版)。壬辰倭乱の時の義兵長の高敬命(朝鮮語版)の直系の15世孫である。元大法院長の李容勲(朝鮮語版)は娘婿。また、2人の妹は金性洙の2人の息子、金相万(朝鮮語版)と金相欽(朝鮮語版)の妻である。 日本統治時代の全羅南道長興郡出身。専修大学法科卒。抗日運動で活躍したため、日本軍憲兵に捕まえられ、咸興刑務所で3年間服役した。光復後は長興郡守、大韓独立促成国民会長興支部長、大韓民族青年団長興支団長、韓民党中央執行委員・長興党部総務を歴任した。
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