朴 允進(パク・ユンジン、日本名:福田允進(ふくだ いんじん)、1905年5月2日 - ?)は、大韓民国の仏教僧侶。号は大愚(デウ、대우)、法名は領海(ヨンへ、영해)。 もともとは京畿道高陽郡の興国寺に在籍する僧侶であった。京城第一高等普通学校(後の京畿高等学校)を1927年に卒業し、仏教専修学校(後の東国大学校)に入学した。この学校在学中に、青年僧侶たちが韓龍雲を党首に推して組織した卍党に加入した。 仏教専修学校は朴允進の在学中に中央仏教専門学校へと昇格し、朴允進はこの専門学校の第1回卒業生として日本に留学した。東京の大正大学宗教学科で修学した。日本留学の期間中、東京の留学生たちが作る雑誌『금강저(金剛杵)』の編集と発行に参加し、文章も発表していた記録がある。
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