卜部 喜太郎(うらべ きたろう、1868年11月25日〈明治元年10月12日〉 - 1942年〈昭和17年〉11月13日)は、日本の弁護士、政治家。衆議院議員(埼玉県郡部選出、当選1回、立憲国民党)。中央大学理事。東京弁護士会会長、東京弁護士会常議員会議長などを歴任。族籍は埼玉県平民。 1868年(明治元年)、武蔵国児玉郡沼和田村(埼玉県児玉郡旭村を経て現本庄市沼和田)に生まれた。卜部喜平の長男で、先代キンの養子である。幼くして怜悧であり、よく物の理義を悟った。児玉中学校を卒業した。18歳の時埼玉県師範学校に於いて小学校教員試験に応じて及第し、埼玉県小学校訓導に任ぜられ本庄小学校に在勤した。 1887年(明治20年)、家督を相続した。
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