後藤 喜八郎(ごとう きはちろう、1920年(大正9年)9月12日 - 2007年(平成19年)11月1日)は、日本の政治家。日本社会党に所属し、東京都武蔵野市議会議員・副議長、第2代武蔵野市長を歴任した。1960年代から1970年代にかけて日本各地に多く誕生した革新系首長の一人である。 1920年(大正9年)9月12日、東京府北多摩郡武蔵野村(のちの東京都武蔵野市)に生まれる。 1943年(昭和18年)8月、中央大学法学部を中退。終戦時には第三〇二海軍航空隊に中尉として所属し、厚木航空隊事件に際しては上官の小園安名大佐の命により「抗戦の使者」として谷田部海軍航空隊へ駆り出されたものの、同隊の説得を断念している。
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