沢藤 幸治(澤藤 幸治、さわふじ こうじ、1881年(明治14年)5月6日 - 1960年(昭和35年)6月9日)は、日本の政治家。岩手県和賀郡黒沢尻町(現:北上市)長。岩手県会議員。北上市の観光名所展勝地の生みの親として知られる。 岩手県和賀郡黒沢尻町に生まれる。東京法学院(現・中央大学)修了。修了後は金原明善に植林業を学ぶ。大阪毎日新聞に入り、風見章を知る。政友会院外団鉄心会に入り、中野正剛・緒方竹虎や大陸浪人達と交わる。 一旦帰郷し、1920年(大正9年)和賀展勝会を結成し、北上川沿いに桜の木を植え始める。上京し、出版業を始めるが、関東大震災で帰郷する。1926年(大正15年)に雑誌「共存共栄」を創刊する。
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