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田中清文

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田中 清文(たなか せいぶん / きよふみ、1872年11月24日(明治5年10月24日)- 1951年(昭和26年)10月3日)は、明治から昭和前期の政治家、実業家。衆議院議員、貴族院多額納税者議員、富山県東礪波郡福野町長、初代北日本新聞社長。旧姓・有川。 新川県礪波郡福野村(現:富山県南砺市)で、有川甚造の二男として生まれ、親族で豪農の田中清三の養子となる。1903年(明治36年)中央大学法律科を卒業。帰郷後、田中貯蓄銀行を設立し頭取に就任し、さらに田中銀行頭取となる。 1903年9月、富山県会議員に当選し副議長に就任。1913年(大正2年)2月、第11回衆議院議員総選挙で富山県郡部から選出された広瀬鎮之が選挙法違犯で辞職したことに伴い繰上補充となり、衆議院議員を1期務めた。

出典:ウィキペディア「田中清文」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋