平川 松太郎(ひらかわ まつたろう、1877年(明治10年)5月15日 - 1943年(昭和18年)5月19日)は、日本の衆議院議員(憲政会→立憲民政党)、弁護士。 広島県双三郡和田村(現在の三次市)出身。1901年、東京法学院(現在の中央大学)を卒業。弁護士試験に合格し、弁護士を開業。また小田原商業学校校長も務めた。 1924年の第15回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。以後、当選回数は7回を数えた。その間、濱口内閣で小泉又次郎逓信大臣の秘書官を、第2次若槻内閣で逓信参与官を、平沼内閣で逓信政務次官をそれぞれ務めた。
出典:ウィキペディア「平川松太郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
