有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
廖

廖仲愷

りょう ちゅうがい
Wiki ↗

廖 仲愷(りょう ちゅうがい、1877年4月23日 - 1925年8月20日)は、清末民初の革命家・政治家。中国同盟会以来の革命派人士で、中国国民党では容共左派の指導者として知られる。仲愷は字で、名は恩煦。別名に夷白。筆名に屠富、淵実。祖貫は広東省恵州府帰善県。兄は廖鳳書。妻は何香凝。子は廖夢醒、廖承志。 アメリカ合衆国サンフランシスコで、客家の銀行員の家庭に生まれる。1893年(光緒19年)に母を伴って帰国し、1896年(光緒23年)には香港に赴いて英語を習得した。翌1897年(光緒24年)10月に何香凝と結婚している。1902年(光緒28年)に日本へ留学し、早稲田大学経済予科を経て中央大学政治経済科に入学した。

出典:ウィキペディア「廖仲愷」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋