デリア俊子(デリアとしこ、英名Toshiko D'Elia、1930年1月2日 - 2014年2月19日)は、アメリカ合衆国の日系人市民ランナー。京都府出身で、旧姓は岸本。 津田塾大学を卒業後、フルブライト奨学金受給生となり、1951年に渡米。アメリカで、少女時代からの志望だった聴覚障害者の教育に従事した。アメリカ人と結婚し一女をもうけたあとに25歳で離婚、実家に戻るが、両親から「娘と別れて日本人と再婚すること」を求められ、アメリカに帰り、ホワイト・プレインズの聾唖学校(the New York School for the Deaf)で教鞭をとった。この時期に、ピアノ奏者であるマンフレッド・デリア(Manfred d'Elia)と知り合い再婚した。
出典:ウィキペディア「デリア俊子」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
