浅井 郁太郎(あさい いくたろう、慶応2年1月5日(1866年2月19日) - 没年不詳)は、金沢出身の地質学及び鉱物学者であり教育者。従五位。 加賀藩士、浅井弘五郎の長男。1890年(明治23年)に東京帝国大学理科大学地質学科を卒業し、島根県中学校校長、札幌中学校校長、岐阜中学校校長を歴任した。1900年(明治33年)に足尾銅山技師、1902年(明治35年)に文部省図書審査官・視学官となり、1913年にはこれを辞して文部省嘱託となった。1907年(明治40年)に家督を相続。その他、東京高等工業学校講師、東京女子高等師範学校講師なども歴任している。 1920年(大正9年)に同郷の香村小録が再婚する際には夫婦で媒酌人を務めた。
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