浅井 圓道(浅井 円道、あさい えんどう、1927年2月18日 - 2004年9月8日)は、日蓮宗僧侶・仏教学者。 東京市(現大田区)に浅井圓照の長男として生まれる。幼名・立治。長崎市に移り、1941年父は長崎市長照山晋山となり、1942年得度し圓道と改名。1945年3月佐賀高等学校卒、7月徴兵検査。長崎で原子爆弾に遭い負傷。1949年東京帝国大学文学部印度哲学科卒。1949-1952年身延山専門学校助教授。1951年東京大学大学院修士課程修了。1952年名古屋中部社会事業短期大学助教授、1954年立正大学仏教学部講師、1958年助教授、1966年立正大学短期大学部助教授、1970年 立正大学文学博士。
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