天埜 良吉(あまの りょうきち、1904年(明治37年)7月8日 - 1972年(昭和47年)1月11日)は、日本の土木技術者、内務技官、運輸技官、政治家。運輸省港湾局長、参議院議員。 愛知県出身。1929年(昭和4年)東京帝国大学工学部土木工学科を卒業した。内務省土木局に入り、横浜土木出張所勤務、青森港修築事務所長、仙台土木出張所工務部長などを務めた。1943年(昭和18年)運輸通信省の新設に伴い同省に移った。 1945年(昭和20年)運輸省設置により同省に移り、港湾局計画課長、第三港湾建設局長を歴任し、1955年(昭和30年)に港湾局長に就任し、全国の港湾整備を担い、1958年(昭和33年)に退官した。
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