井野 次郎(いの じろう、1877年〈明治10年〉3月25日 - 1952年〈昭和27年〉10月25日)は、日本の内務官僚、政治家。官選沖縄・宮城県知事、東京市助役、長崎市長。正四位勲三等。 群馬県群馬郡徳丸村(後東群馬郡、勢多郡下川淵村を経て現・前橋市徳丸町)に、井野寿平の次男として生まれる。東京高等師範学校を経て、1913年(大正2年)、東京帝国大学英法科を卒業。1912年(大正元年)11月、文官高等試験行政科試験に合格[要出典]。内務省に入省し群馬県属となる[要出典]。 以後、東京府郡長、熊本県理事官、神奈川県理事官、長崎県警察部長、広島県警察部長、佐賀県内務部長、和歌山県内務部長、宮城県内務部長、北海道庁土木部長を歴任した。
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