井上 真六(いのうえ しんろく、1907年 - 没年不詳)は第二次大戦中の資材不足を補うため、純国産木製飛行機の製造を提唱し、キ107を開発した航空機技術者。父は李氏朝鮮顧問であり、ハングル普及に尽力したことでも知られる井上角五郎。 東京の麹町区一番町で1907年(明治40年)4月9日に生まれる。衆議院議員を長く務め、いくつもの企業設立に関わる実業家でもあった父の邸宅で育ち、兄弟一人ずつに女中が付く生活であった。東京府立第五中学校から第一高等学校へ進学。1931年(昭和6年)3月に東京大学工学部航空学科を卒業し、中島飛行機製作所へ入社した。同社では太田工場設計部技師となり、試作設計業務に従事する。
出典:ウィキペディア「井上真六」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
