内田祥文(うちだ よしふみ、1913年10月 - 1946年3月26日)は、日本の建築家、建築研究者、都市計画家、都市研究者。工学博士。戦時下で木造建築の防災などに、戦後は戦災都市復興に取り組んだが、急逝した。 東京市麻布区(現・東京都港区)にて建築家内田祥三(後に東京帝国大学総長)・みね子の長男として生まれる。 |旧制開成中学から日本大学予科を経て、1938年に日本大学工学部(現・日本大学理工学部・大学院理工学研究科)建築学科を卒業する。同1938年、東京帝国大学大学院に進学し、高山英華らと都市の研究を続ける。大学院在学中、東京帝国大学で助手をしていた経済学者•難波田春夫の思想に強い影響を受け国民住宅や労働者住宅などを計画した。
出典:ウィキペディア「内田祥文」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
