小穴 進也(おあな しんや、1914年(大正3年)3月3日 - 2007年(平成19年)11月13日)は、日本の地球化学者。名古屋大学理学部教授、同名誉教授。元日本地球化学会会長。 弁護士の小穴喜一の長男として長野県にて出生。母みどりは松本市議会議長、衆議院議員などをつとめた弁護士森山儀文治の長女。 旧制松本高校理科を経て、1938年に東京帝国大学理学部化学科を卒業した。1942年、名古屋帝国大学理学部化学科分析化学講座に助教授として赴任。1951年に名古屋大学教授に昇格し、1977年定年退官した。1987年勲二等瑞宝章受勲。 1968年(昭和44年)8月、当時、四日市海上保安部警備救難課長であった田尻宗昭が、日本アエロジル四日市工場から排出された廃酸による公害被害(四日市公害の一つ)を立件するにあたり、大企業相手で尻込みする研究者が多い中、塩酸の海中での拡散実験等に協力し田尻を援助した。
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