尾田 信忠(おだ のぶただ、1869年〈明治2年〉 - 1957年〈昭和32年〉4月28日)は、日本の教育者。錦鶏間祗候。 新潟県に上田義信の長男として生まれ、尾田信通の養子となった。1895年(明治28年)、東京帝国大学文科大学哲学科を卒業。陸軍教授となり、東京陸軍地方幼年学校教頭、教育総監部出仕を経て、陸軍士官学校教頭を務めた。 1935年(昭和10年)4月8日に退官し、翌年に錦鶏間祗候となった。 1957年(昭和32年)4月、脳溢血で死去した。
出典:ウィキペディア「尾田信忠」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
