織田 萬(おだ よろず、慶応4年7月4日(1868年8月21日) - 1945年(昭和20年)5月26日)は、日本の法学者。専門は行政法。京都帝国大学名誉教授。常設国際司法裁判所判事。関西大学学長。財団法人立命館名誉総長。佐賀県須古邑生まれ。 佐賀県須古邑の士族・須古精一の次男として生まれた。佐賀藩の本流にはなかったものの、須古邑(現・白石町)を支配する須古鍋島家の親族家老・須古西家に属す名士であった。1歳の時に織田範治の養子として迎えられ、織田家の子供として育てられた。1879年(明治12年)、須古小学校を卒業した織田は、当時須古邑に安住百太郎が開設した「鶴陰学舎」で漢籍や外国法律書などを学ぶ。
出典:ウィキペディア「織田萬」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
