笠原 忠造(かさはら ちゅうぞう、1878年(明治11年)10月7日 - 1926年(大正15年)11月12日)は、日本の衆議院議員(立憲政友会)、弁護士。 長野県長野市に、薬種商を営む笠原十兵衛の長男として生まれる。1906年(明治39年)、東京帝国大学法科大学英法科を卒業し、長野市に弁護士事務所を開いた。弁護士業のかたわら、長野市会議員、同議長、長野県会議員、同議長を務めた。 1912年(明治45年)、第11回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。第15回衆議院議員総選挙でも再選を果たした。 その他に、田川炭鉱株式会社常務取締役、京浜電力常務取締役、帝国石膏株式会社取締役を務めた。
出典:ウィキペディア「笠原忠造」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
