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嘉

嘉山幹一

かやま かんいち
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嘉山 幹一(かやま かんいち、1872年6月18日(明治5年5月13日) - 1940年(昭和15年)5月7日)は、明治から昭和時代前期の司法官。大審院判事。 嘉山昆篤の長男としてのちの静岡県に生まれ、1904年(明治37年)5月、家督を相続する。1895年(明治28年)7月、帝国大学法科大学を卒業し、1897年(明治30年)5月、高崎区裁判所判事に任じる。ついで高崎地方裁判所、東京区裁判所、同地方裁判所各判事、同裁判所部長、同控訴院判事を経て、1912年(明治45年)2月、大審院判事に進んだ。1913年(大正2年)2月、会計検査官懲戒裁判所予備裁判官を兼任した。のち大審院部長や万国海法会委員を務めた。

出典:ウィキペディア「嘉山幹一」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋

🎓 東京大学📅 6月18日生🎂 1872年生💼 明治から昭和時代前期の司法官