甘蔗 義邦(かんじゃ よしくに、1891年〈明治24年〉2月21日 - 没年不詳)は、朝鮮総督府官僚。 岐阜県に川上貞蔵の四男として生まれ、甘蔗義尭の養子となった。東京帝国大学法科大学政治科に学び、在学中の1917年(大正6年)に高等文官試験に合格し、翌年卒業した。朝鮮総統府試補、道事務官、平安南道財務部長、江原道警察部長、朝鮮総督秘書官を歴任し、1929年(昭和4年)に欧米各国に出張した。帰国後、警務局衛生課長、咸鏡南道内務部長、江原道内務部長を経て、1934年(昭和9年)に平壌税務監督局長に就任した。1936年(昭和11年)より京城府尹に、1937年(昭和12年)より京畿道知事となった。 1940年(昭和15年)に退官した後は、朝鮮放送協会会長を務めた。
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