木内 四郎(きうち しろう、1896年(明治29年)7月3日 - 1988年(昭和63年)8月31日)は、日本の政治家、大蔵官僚。位階は正三位。科学技術庁長官(第21、24代)。 長野県下水内郡常盤村(現・飯山市)生まれ。旧制飯山中学(長野県飯山北高等学校)を経て、1920年(大正9年)東京帝国大学法学部を卒業後、大蔵省に入省。理財局属。主計局決算局長、理財局国債課長、主計局長、専売局長官を経て、1946年(昭和21年)幣原内閣の内閣副書記官長となる。同年6月8日には貴族院勅選議員に勅任される。 1947年(昭和22年)第1回参議院議員通常選挙に民主党公認で長野県選挙区から立候補し当選する。炭鉱国管疑獄では、1948年(昭和23年)衆議院不当財産取引調査委員会に証人喚問されている。
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