国松 福禄(くにまつ ふくろく、1890年〈明治23年〉6月9日 – 1958年〈昭和33年〉2月15日)は、日本の弁護士。愛媛県宇和島市長。 愛媛県北宇和郡高近村(現在の宇和島市)に愛媛県会議員・参事会員を務めた国松磊奇智の長男として生まれた。宇和島中学校を卒業後、中央大学に学んだが、第三高等学校に転じた。1917年(大正6年)、東京帝国大学法科大学法律科を卒業。大阪市で弁護士を開業したが、翌1918年(大正7年)に宇和島市に移り、民事・商事事件を扱い、破産管財人にも選出された。1928年(昭和3年)、宇和島新聞社社長となり、『南予毎日新聞』と改題した。また宇和島市会議員、同議長、愛媛県会議員などを歴任した。
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