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小林俊三

こばやし しゅんぞう
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小林 俊三(こばやし しゅんぞう、1888年〈明治21年〉6月3日 - 1982年〈昭和57年〉6月3日)は、日本の昭和時代の最高裁判所判事、弁護士(第二東京弁護士会所属)。 東京出身。1914年(大正3年)に東京帝国大学法科大学法律学科(独法)を卒業後、いったん会社員になったが、1年10ヶ月で退社して弁護士となる。1941年(昭和16年)、ゾルゲ事件の尾崎秀実の官選弁護人を務めた。太平洋戦争における日本の降伏に伴う極東国際軍事裁判(東京裁判)では松岡洋右の弁護人を務めた。「検事、弁護士をした後に裁判官になるのが最も望ましい」と主張する法曹一元化論者であった。 1947年(昭和22年)10月に東京高等裁判所長官に就任。

出典:ウィキペディア「小林俊三」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋