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鮫

鮫島晋

さめじま しん
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鮫島 晋(さめじま しん、1852年(嘉永5年) - 1917年(大正6年)12月9日)は、明治、大正時代の理学士。東京物理学講習所(現在の東京理科大学)の設立者の一人。 酒好きで純朴、誠実で不器用な人柄で教師の仕事に熱心であったとされる。 1899年(明治32年)から6年間、小諸義塾の教師仲間に島崎藤村がおり、藤村の『千曲川のスケッチ』、『千曲川旅情の詩』、『貧しい理学士』などに鮫島が描かれた。 他の物理学校設立発起人が、日本の物理学草創期を飾る学者・教育者としてそれぞれ功成り名遂げたのと対照的に、田舎教師として生き貧窮のうちに死去した。晩年には物理学校関係者と連絡を絶っており、その死は他の発起人に知らされることもなく、したがって東京理大の校史においても発起人21名のうち彼の経歴だけが長い間不明になっていた。

出典:ウィキペディア「鮫島晋」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋