篠原 登(しのはら のぼる、1904年11月27日 - 1984年10月16日)は、日本の政府高官・科学者・教育者・工学博士。東海大学学長、科学技術庁顧問などを務めた。 本籍・出身山梨県北巨摩郡明野村(現・北杜市)。 代々山梨県につづく裕福な家庭に生まれる。登の父・璐太郎は篠原家の長男で、当時の日本では家業を継ぐのが習わしであったが、どうしても東京に出て学問の道に進みたいと実家の援助をすべて断り魚屋で丁稚奉公をしながら東京帝国大学を卒業、最後の勤務地は北海道で最高裁判所裁判官まで務めた。また、日本聖公会に属する敬虔なクリスチャンであり、登も父の影響を受けて少年時代に洗礼を受けている。 東京帝国大学工学部電気工学科を卒業。
出典:ウィキペディア「篠原登」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
