竹内 時男(たけうち ときお、1894年(明治27年)10月26日 - 1944年(昭和19年)4月24日)は、日本の物理学者。科学ジャーナリストとして著名であったが、医療効果を謳った人工放射性食塩事件で世間を騒がせた。 1894年(明治27年)10月26日、元金沢藩士・竹内一元(のち煙草商)の二男として石川県金沢市で生まれる。1918年(大正7年)に東京帝国大学理科大学実験物理科を卒業後、三菱造船技師を経て東京高等工業学校講師となる。 1927年に『新量子力学及波動力学論叢』を出版し、量子力学を極めて早く日本で紹介した。1928年から1930年にかけて渡欧し、フランス滞在中はルイ・ド・ブロイのもとで量子力学を研究する。
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