竹腰 健造(たけこし けんぞう、明治21年〈1888年〉6月25日 - 昭和56年〈1981年〉7月28日)は、建築家。住友総本店出身で、日建設計の母体の長谷部竹腰建築事務所の長谷部鋭吉と共に創業者の1人である。 健造は明治21年(1888年)6月25日、石川県金沢市で生まれた。当時、父親の岩村高俊は石川県知事であった。健造が竹腰姓を名乗るようになったのは、福岡にいた10歳のとき、旧小倉藩出身の名家である竹腰家の養子になったからである。 学業においては優秀で、豊津中学校から一高、東京帝国大学工科大学へと順調に進む。建築を専攻したが、希望というわけではなく、選択肢が土木、機械、採鉱、建築しかなかった。
出典:ウィキペディア「竹腰健造」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
