張 耀曽(ちょう ようそ)は中華民国の政治家・法学者。中国同盟会に属した革命派の人物で、後に北京政府の要人となった。字は鎔西。ペー族(白族)。 公立京師大学堂(北京大学の前身)を卒業した後に日本に留学した。第一高等学校を経て、東京帝国大学法学部に入学する。この間に中国同盟会に加入し、雑誌『雲南』の創刊に参加した。 辛亥革命が勃発すると、張耀曽は学業の途中で帰国する。帰国後は革命派の雲南代表として中華民国臨時約法の起草に参与した。臨時参議院が成立すると、議員兼法制委員長に任ぜられている。1912年(民国元年)、国民党に加入した。翌1913年(民国2年)には国会衆議院議員となり、後に憲法起草委員会委員となった。
出典:ウィキペディア「張耀曽」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
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