土田 誠一(つちだ せいいち、1887年〈明治20年〉2月21日 - 1945年〈昭和20年〉10月2日)は、日本の論理学者、古神道学者、郷土史家。東京帝国大学助教授、神宮皇学館教授、旧制成蹊高等学校校長。 1887年(明治20年)、秋田県由利郡矢島町(現・由利本荘市矢島町)に生まれる。秋田師範学校では田村徳治・菊地寅七とともにクラスの三羽烏に数えられた。1907年(明治40年)、同校を卒業し、東京高等師範学校英語科を経て、1915年(大正4年)、東京帝国大学文科大学哲学科を卒業した。井上哲次郎の門下生であった。東京帝国大学大学院へと進み、1919年(大正8年)、東京帝国大学文科大学助教授となる。
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