床次 竹二郎(とこなみ たけじろう、1867年1月6日〈慶応2年12月1日〉- 1935年〈昭和10年〉9月8日)は、日本の官僚、政治家(衆議院議員)。内務大臣、鉄道大臣、逓信大臣を歴任し、政友本党総裁も務めた。鹿児島県士族。「床次竹次郎」は誤りである。 慶応2年12月1日(1867年1月6日)、薩摩藩士の床次正精・友子の長男として、現在の鹿児島県鹿児島市新照院町に生まれる。幼名は竹熊。1872年(明治5年)に父の正精は上京して検事を務めていたが、6歳の竹二郎を含む家族は薩摩に残った。1877年(明治10年)に勃発した西南戦争では西郷死後に大久保利通の留守宅(空き家)を友人と叩き壊した。戦争で家や学校が焼かれたため、父の招きにより上京し、以後東京で教育を受けることとなった。
出典:ウィキペディア「床次竹二郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
