外山 八郎(とやま はちろう、1913年5月22日 - 1996年1月19日)は、日本におけるナショナルトラスト運動の先駆者、篤志家。 1913年、外山脩造の孫(脩造の長男の子)として和歌山県日高郡南部町(現みなべ町)に生まれる。祖父の脩造は長岡藩家老河井継之助に抜擢されて藩の財政改革に携わった豪農であり、明治維新後には日本銀行大阪支店長、衆議院議員、阪神電鉄初代社長などを務めた実業家である。父は脩造の長男であったが、表舞台に出ることはなく南部町で隠棲したという。 1937年、東京帝国大学法学部卒業後、三菱海上火災保険に就職するが、同年12月に肺結核を発病したため、帰郷し白浜町などで療養生活を送る。
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