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中川維則

なかがわ これのり
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中川 維則(なかがわ これのり、1881年(明治14年)6月 - 1945年(昭和20年))は、日本の鉱物学者。 神奈川県中郡旭村(現在の平塚市)出身。出縄善太郎の二男として生まれ、中川隣之助の養子となった。1904年(明治37年)、東京帝国大学工科大学採鉱冶金科を卒業し、農商務省東京鉱務署に勤務した。1908年(明治41年)、ドイツに留学。1910年(明治43年)、私立明治専門学校(現在の九州工業大学)教授嘱託となり、1921年(大正10年)に同校が文部省に移管されると教授に就任した。採鉱冶金科長を経て、1933年(昭和8年)からは校長を務めた。1941年(昭和16年)、退官。 その他、九州帝国大学講師、戸畑商工会議所顧問、海外鉱業協会仏印研究所長を務めた。

出典:ウィキペディア「中川維則」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋