羽志 主水(はし もんど、1884年〈明治17年〉6月3日 - 1957年〈昭和32年〉2月26日)は、日本の小説家、外科医。 本名は松橋 紋三(まつはし もんぞう)で、「羽志主水」の名は本名から「松」を除いた「橋紋三」をもじった筆名である。 小説家としての活動期間は短いが、雑誌「新青年」に掲載した、戦前の北海道の過酷な労働環境を題材とした作品『監獄部屋』で、高い評価を得た。 長野県長野町(後の長野市)出身。旧制第四高等学校(後の金沢大学)を経て、東京帝国大学(後の東京大学)医学部へ進学し、1908年(明治45年)に卒業した。医師として山形の済生病院を経て、妻の父が東京の日本橋に土地を持っていた縁で、1916年(大正4年)か1917年(大正6年)頃に、日本橋本石町で開業した。
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