華山 親義(はなやま ちかよし、1900年(明治33年)9月26日 - 1972年(昭和47年)8月10日)は、昭和期の官僚、外交官、政治家。衆議院議員。旧姓・江口。 山形県で江口親明の二男として生まれ華山儀一郎の養子となる。山形高等学校を経て、1926年(大正15年)東京帝国大学法学部を卒業。同年、内閣統計局に入局し統計局属に任じられ、同年12月、高等試験行政科試験に合格した。 以後、統計局書記官・庶務課長、興亜院書記官・総裁官房勤務、大東亜書記官・大臣官房会計課長、北京大使館参事官兼総領事などを務めた。戦後、参議院常任委員会専門員、山形県副知事などを歴任した。 1962年(昭和37年)7月の第6回参議院議員通常選挙に山形県地方区から日本社会党公認で出馬して次点で落選。
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