秋丸 次朗(あきまる じろう、1898年 - 1992年)は、日本の陸軍軍人(主計)、政治家。軍人としての最終階級は陸軍主計大佐。太平洋戦争開戦前の1940年(昭和15年)に陸軍省内に設置された「秋丸機関」(正式名称:陸軍省戦争経済研究班)の班長を務め、日本とアメリカをはじめとする主要国の経済力を比較分析したことで知られる。 宮崎県飯野村(現・えびの市)出身。 陸軍経理学校を首席で卒業後、東京帝国大学経済学部に派遣され経済学を学んだ。満州国では関東軍参謀部付として経済建設に携わり、満洲産業開発五カ年計画などに参画した。 1939年(昭和14年)9月、ノモンハン事件や第二次世界大戦勃発を受けて帰国。
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