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廣瀬貞雄

ひろせ さだお
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廣瀬 貞雄(ひろせ さだお、1918年(大正7年) - 2007年(平成19年)6月9日)は、日本の精神科医、ロボトミスト、日本医科大学教授。同大名誉教授にも。 1918年大阪生まれ。 産婦人科医の養子になる。中学時代から歌舞伎を愛し、演劇論をやるために美学者を志したが、父の反対で断念。 1938年東京帝大医学部に入学。 その後も歌舞伎を愛好し続け、16代目市村羽左衛門宅を訪ねたりしていた。 1946年に派遣された松沢病院では、市村から教わった「切られ与三郎」の所作を披露したことから、「与三さん」との異名をとった。 1951年に学会に発表され、1971年に石川清に告発された、いわゆる「臺実験」で実際に執刀したのは、臺弘ではなく、廣瀬であった。

出典:ウィキペディア「廣瀬貞雄」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋